徒然CURIOSISM

学びクリエイター朝森久弥とサークル「CURIOSIST」のブログです。

マイベストブック2021

2022年に入ったらすぐに書こうと思っていたらここまで引っ張ってしまった、朝森久弥の「マイベストブック」です。この記事では、2021年に読んだ本のうち、私の人生にとくに影響を及ぼした本を紹介します。
マンガ部門とマンガ以外部門に分けて発表します。

 

マンガ部門

二月の勝者 ―絶対合格の教室―

想像力から始まる教育談義の輪!

『二月の勝者』は、日本の(首都圏の)中学受験事情がよく分かることで早くから話題となっており、教育をライフワークとする私は「読まなければならない」という義務感に駆られていました。私は田舎県生まれで中学受験を経験しておらず、都内の国立大学の大学院に入って初めて中学受験の世界を見聞きしたくらいですから、「小学生なのに遊べなくてかわいそう……」くらいのイメージしか持っていなかったのです。ところがこのマンガを読んだ結果、何が人々を中学受験に駆り立てるのかを理解することができました。おそらく、幼少期の私がそのまま東京で生まれ育っていたら、中学受験に身を投じていた可能性が高いでしょう。そう考えると、このマンガに登場する人々の悲喜こもごもは、とても他人事だとは思えないのです。

ですが、『二月の勝者』の最推しポイントは、中学受験ノウハウの伝授ではありません。主人公の塾講師・黒木蔵人は、もう一人の主人公であり同僚(部下)の佐倉麻衣に対して、ある秘密を抱えています。その秘密の存在自体は物語の序盤からほのめかされてきましたが、秘密が明かされたのはそこから100話以上連載した後でした。詳しくはネタバレになるので避けますが、秘密が明かされた回を読んだとき、私は「作者はこの話が描きたくて『二月の勝者』の連載を始めたんじゃないか」と思い至ったのです。この話は、単体で読んでもそこまでのインパクトはなかったでしょう。けれども、いつまで連載が続くか確証がない中、100話以上の連載を重ねて中学受験指南マンガとして確固たる地位を確立した上で、満を持してこの話を出したからこそ、このマンガのメイン読者、すなわち中学受験が身近な人たちに深く刺さるものになったのです。

教育業界に限らないことですが、世の中には「ある情報を最も知ってほしい人に限って、その情報を届けるのが難しい」というジレンマがあります。“最も知ってほしい人”は大抵、その情報を意識する機会から最も離れた位置にいるからです。そのジレンマをどうクリアするかという一つの答えを、『二月の勝者』から学ぶことができました。

また、このマンガの登場人物はみな個性豊かで、それぞれ「こういう生い立ちだから、こう振舞うのだろうな」と納得させられる場面が満載です。どんな読者も、登場人物の誰かには感情移入できることでしょう。その上で「自分だったらどうしたかな、どう感じたかな」と考えてみてください。きっとそこから、子育てや教育を自分事として語る手がかりが得られるはずです。

 

マンガ以外部門

障がいのある人の性 支援ガイドブック

身近だったのに見落としていたことに気づかされた!

『障がいのある人の性 支援ガイドブック』の著者である坂爪慎吾氏は、重度の身体障碍を持つ人に対する射精介助サービスで知られる一般社団法人ホワイトハンズの代表理事です。私がホワイトハンズの射精介助サービスを知ったのは、確か2014年くらいのことでした。体が自由に動く人は、何らかの手段で自分の性欲を解消できるけれども、障碍を持つ人にはそれが難しい。障碍を持っているからと言って性欲がなくなるわけでもないので、確かに必要とされ得るサービスだよなと思ったものです。ただ、その時はそれきりでした。

それから約7年が経ち、コロナ禍で外出に制約がかかる中、私は自宅でできる活動として資格取得を思い立ちました。私は就職して以来しょっちゅう旅行に行っていましたが、学生時代は資格マニアに片足突っ込んでいたのです。せっかくなのでユニークな資格を取ろうと色々調べていたところ、『障がい者の性」検定』に出会いました。これは、障碍を持つ人の性に関する支援の理論と方法を学ぶための検定で、先述したホワイトハンズが主催しています。

white-hands.jp私は、障碍を持つ人の性に関する支援の知識が、検定が行える程度に体系化されていること、また、非営利団体のマネタイズの方法として検定という手段が採られていることに興味を抱き、『「障がい者の性」検定』を受験することにしました。この検定は、ホワイトハンズから送られてくるテキストを読み込み、同封の検定問題を解いて回答を提出するという形式で行われました。このテキストのひとつが、『障がいのある人の性 支援ガイドブック』だったわけです。ちなみに、検定はふつうに受かりました。

『障がいのある人の性 支援ガイドブック』には、身体障碍だけでなく、知的障碍、精神障碍を持つ人が持つ性の悩みにいかに対応するかが、支援者の目線で書かれています。介護福祉士など福祉の仕事をする人にとっては、とくに実践的な内容でしょう。しかし、そこに貫かれている基本的な考え方は、障碍を持っているかにかかわらず誰もが大切にすべきことであり、いわゆる健常児を育てる保護者の方にも役に立つ内容だと感じました。

また、この本を読みながら私は、重度の身体障碍を持っている妹のことを思い返しました。妹は喋れないので何を思っているかは分からないのですが、彼女もきっと性について考えたことはあるはずなのです。私はそのことをこの本を読むまで意識しておらず、これまで随分、無遠慮に彼女に接してしまったと反省しました。身近に障碍を持つ人がいる私ですらこうなのですから、そうでない人にとって「障がい者の性」はまだ縁遠い概念なのでしょう。けれども、障碍を持つ人は決して少なくありませんし(日本では約13人に1人)、障碍を持つ可能性は誰にでもあります。身近な問題のひとつとして、私なりに広めていきたいです。

 

ノミネート作品

マイベストブック2021のノミネート作品は以下の通りでした。
(並び順が順位を表すわけではありません)

 

【マンガ部門】

・【推しの子】(集英社

・二月の勝者 ―絶対合格の教室―(小学館

・ブルーロック(講談社

・魔女に捧げるトリック(講談社

・トリリオンゲーム(小学館

 

【マンガ以外部門】

・バッタを倒しにアフリカへ(光文社)

・実力も運のうち 能力主義は正義か?(早川書房

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち(光文社)

・障がいのある人の性 支援ガイドブック(中央法規)

・10分後にうんこが出ます ―排泄予知デバイス開発物語―(新潮社)

 

『【推しの子】』は有馬かなと黒川あかねのデッドヒートが目玉とされていますが、私は鳴嶋メルトの成長譚も正しく少年マンガしてて好きです。『魔女に捧げるトリック』は短期連載になってしまいましたが、ヘルガがめちゃくちゃカッコよかったです。

『バッタを倒しにアフリカへ』はポスドクの、『10分後にうんこが出ます』はスタートアップの奮闘記です。どちらも行くところまで行けば誇張なく世界を救う仕事ですが、その入り口に立ち会えたのはすごくラッキーでした。

 

今年も素晴らしい本に出会えますように。