2021年7月4日、東京都議会議員選挙の投票・開票が行われました。
東京都内の有権者の皆さま、お疲れ様でした。
108ある趣味のうち「選挙」がトップ10に入る私は、当然、都議選にも告示前から開票まで注目し続けていました。世間の予想を結構外してくる結果になりましたね…。
さて、日本の選挙では一般的に、投票日前に情勢報道なるものが行われます。これは、新聞社などが有権者に世論調査を行い、その結果からどの候補が当選に近いかを報道するものです。公職選挙法138条で選挙での「人気投票の公表」が禁止されている関係で、明確な数字ではなく、「優勢」や「追いかける」といったあいまいな言葉で優劣を表現する習わしになっています。
ただ、そうした言葉遣いには一定の傾向があり、言葉遣いをつぶさに見ると、世論調査の結果が透けて見えることが知られています。このあたりの詳細は三春充希氏の『武器としての世論調査』第九章をご参照ください。
今回の都議選で選挙区ごとに情勢報道を行ったのは、毎日新聞だけでした。この結果は三春充希氏がnoteにまとめています。
私は入れるかどうか悩む候補が2人いたので、この情勢報道を見て、より当選が危うそうと思われる方に投票しました。実際は、私が投票しなかった方が、投票した方よりも順位が低かったのですが…。
もちろん、情勢報道はあくまで選挙当日より前の世論調査によるので、統計の揺れもありますし、世論調査後の情勢次第では結果が変わることがあります。そこで、今回の毎日新聞の情勢報道がどれだけ当たっていたのか、あるいは実際の結果とどのように食い違っていたのかを検証してみようと思います。
検証方法
三春充希氏のnoteにまとめられた毎日新聞の情勢報道結果を読み、立候補者を次の5パターンに分類します。
私は教育クラスタ(より正確には大学受験クラスタ)でもあるので、大学入試模試風にしてみました。
A判定:安全圏。情勢報道で定員内に入っていて、かつ三春氏による分類で「B+」以上の情勢表現が使われている候補。
B判定:当選圏。A判定ではないが、情勢報道で定員内に入った候補。
C判定:可能圏。同じ選挙区のB判定の候補と同一の情勢表現が使われているが、定員外の候補。
D判定:努力圏。情勢報道で名前は挙がったものの定員外で、C判定でもない候補。
E判定:情勢報道で名前自体が挙がらなかった候補。
たとえば台東区の場合を見てみましょう。
都議選・台東区の情勢報道です。上位2人が当選する選挙区です。 pic.twitter.com/HTyA3ITlam
— 三春充希(はる)⭐2021衆院選情報部 (@miraisyakai) 2021年6月30日
1番目に名前が掲載され、「一歩リード(支持固め)」と表現された鈴木候補をA判定としました。2~4番目の中山・保坂・小柳候補はいずれも「激しく競り・追う」という同一の表現ですが、2番目に名前が掲載され、定員内に入っている中山候補をB判定とし、保坂候補と小柳候補をC判定としました。定員外で「苦戦」と表現されている柴田候補はD判定、名前自体が挙がらなかった武田候補・津村候補はE判定としました。
この判定と、実際の選挙結果を比較して、判定別の候補者の当選率を比較しました。
検証結果
都議選の全42選挙区271人の候補を分類すると、次のようになりました。なお、政党名の略称はNHKの開票速報に合わせています。また、無投票で当選が決まった小平市の2候補はA判定に分類しました。
もし、情勢報道が100%的中したとしたら、A判定とB判定の候補が当選することになります。そうすると、
都民:16議席
自民:50議席
公明:17議席
共産:21議席
立民:18議席
維新:1議席
ネット:2議席
無所属・他:2議席
となっていました。
これは、選挙前に報道されていた「自公で過半数超の見込み」とも合致するものです。
しかし現実はそうならず、A判定とB判定の候補から落選者が、C判定とD判定の候補から当選者が相次ぎました。
全体で見ると、
A判定:45候補のうち、36候補が当選(当選率80%)
B判定:82候補のうち、62候補が当選(当選率76%)
C判定:26候補のうち、15候補が当選(当選率58%)
D判定:55候補のうち、14候補が当選(当選率25%)
E判定:63候補のうち、0候補が当選(当選率0%)
となりました。
A判定とB判定の差が微妙ですが、判定が良いほど当選率が高い傾向にあるのは確かなようです。また、E判定の候補は全員落選していることから、当選の目がない候補を見抜く程度の信憑性はあると考えられます(無所属でまったく無名ならともかく、国政政党候補にもE判定を出しているのはさすがですね)。
政党別の情勢
判定が良いほど当選率が高い傾向と言いましたが、実際には政党によってバラツキがあります。具体的には、都民ファーストの会(都民)と公明党(公明)は不利な判定を覆して逆転当選した候補が多く、自由民主党(自民)は有利な判定だったがまさかの落選を喫した候補が多かったのです。このあたりを詳しく見てみましょう。
都民ファーストの会(都民)
判定別の当選率は次の通りでした。
A判定:1候補のうち、1候補が当選(当選率100%)
B判定:15候補のうち、12候補が当選(当選率80%)
C判定:11候補のうち、9候補が当選(当選率82%)
D判定:17候補のうち、9候補が当選(当選率53%)
E判定:3候補のうち、0候補が当選(当選率0%)
C判定とD判定からの当選率が、全体よりも高くなりました。毎日新聞の情勢報道は6月29日に発表されましたから、その後から投票日の7月4日にかけて勢いが増したことが見て取れます。
また、A~D判定だった44候補のうち、情勢報道に比べて投票結果での順位が上がったのは26候補、変わらずだったのが13候補、下がったのは5候補でした。上がった候補にはB~D判定の候補がまんべんなく含まれており、党全体の勢いが底上げされた結果となりました。
自由民主党(自民)
判定別の当選率は次の通りでした。
A判定:27候補のうち、18候補が当選(当選率67%)
B判定:23候補のうち、14候補が当選(当選率61%)
C判定:3候補のうち、0候補が当選(当選率0%)
D判定:6候補のうち、1候補が当選(当選率17%)
E判定:1候補のうち、0候補が当選(当選率0%)
すべての判定の当選率が、全体の当選率以下になりました。D判定からの逆転当選は1人だけあったものの(八王子市の西山候補)、その他は全体的に勢いが落ち込み、A判定・B判定だった候補が次々と落選しました。
A~D判定(無投票を除く)だった58候補のうち、情勢報道に比べて投票結果での順位が上がったのは5候補、変わらずだったのが13候補、下がったのは40候補でした。情勢報道ではA判定で1位だったのに、6位でギリギリ当選したり5位で落選したりした事例もありました。
公明党(公明)
判定別の当選率は次の通りでした。
A判定:8候補のうち、8候補が当選(当選率100%)
B判定:9候補のうち、9候補が当選(当選率100%)
C判定:5候補のうち、5候補が当選(当選率100%)
D判定:1候補のうち、1候補が当選(当選率100%)
奇跡ですね。実際、公明党代表の山口氏も奇跡的と表現しています。日経新聞の記事の写真を見ると、「落選者が出ることを真剣に覚悟していたが、全員当選で安堵した」感が現れています。
www.nikkei.com23候補のうち、情勢報道に比べて投票結果での順位が上がったのは12候補、変わらずだったのが7候補、下がったのは4候補でした。ここでポイントなのは、C判定・D判定の候補は全員順位を上げたのに対し(当選したのだから当然ですね)、下がった候補は全員B判定だったことです。つまり、公明党は限られたリソースを劣勢だった候補に的確に割り振り、情勢報道後の追い上げに成功したことを示しています。
日本共産党(共産)
判定別の当選率は次の通りでした。
A判定:3候補のうち、3候補が当選(当選率100%)
B判定:18候補のうち、16候補が当選(当選率89%)
C判定:3候補のうち、0候補が当選(当選率0%)
D判定:7候補のうち、0候補が当選(当選率0%)
当選者はA判定・B判定からしか出ていません。劣勢であっても逆転当選を目指す公明党とは異なり、言い方は悪いですが、“立候補することに意義がある”候補がはっきりしているのが特徴と言えます。逆に、勝てる候補は確実に勝ちに行く感じです。B判定で落選した2候補は、それぞれ354票差、6票差という僅差でした。
31候補のうち、情勢報道に比べて投票結果での順位が上がったのは8候補、変わらずだったのが17候補、下がったのは7候補でした。
立憲民主党(立民)
判定別の当選率は次の通りでした。
A判定:6候補のうち、6候補が当選(当選率100%)
B判定:12候補のうち、7候補が当選(当選率58%)
C判定:2候補のうち、1候補が当選(当選率50%)
D判定:8候補のうち、1候補が当選(当選率13%)
逆転当選があった一方で、B判定での当選率が比較的低く、取りこぼしが起きています。党全体として、情勢報道以降に勢いが増したとは言い難いでしょう。
27候補(無投票を除く)のうち、情勢報道に比べて投票結果での順位が上がったのは5候補、変わらずだったのが11候補、下がったのは11候補でした。
その他の政党・無所属候補
日本維新の会(維新)から1人、東京・生活者ネットワークから1人、無所属候補から24人当選者が出ていました。この4人は全員B判定でした。C判定以下の候補は全員落選しており、逆転当選はありませんでした。6人のうち4人はB判定、2人はD判定からの逆転当選です。逆転当選した2人のうち、品川区の森沢候補は2019年まで都民ファーストの会に所属しており、小金井市の漢人候補は共産・立民などが推薦したいわゆる野党統一候補でした。
まとめ
今回の毎日新聞の情勢報道に限れば、大まかな傾向をつかむ上で、情勢報道には一定の信憑性があると考えられます。もっとも、情勢報道から実際の投票日までの間に情勢は変わり得て、A判定でも2割が落選し、D判定でも4分の1が当選していることから(大学入試模試と似ていますね)、D判定以上なら、逆転当選を狙う意義は大いにあると言えます。情勢報道が出た時点で当落が決まっているとは意外と言い切れず、だからこそ、各陣営は最後の最後まで選挙運動に真剣に打ち込んでいるのでしょう。
情勢報道の是非は色々論じられていますが、各陣営の選挙運動にはもちろん、有権者が投票先を戦略的に選ぶ上で貴重な情報であり、これからも必要とされ続ける情報だと思います。
更新情報
(2021年7月7日)コメントにて「品川区民」さんからご指摘いただいた通り、無所属候補に関する記述に誤りがありましたので修正しました。修正前の記述は打消し線、修正後の記述には下線を引いてあります。ご指摘に感謝するとともに、不正確な記述をして申し訳ありませんでした。